最近なんだか頭がすっきりしない日々が続いていました。なんとなく読んだ他の方の投稿で、「ドイツ移住5年目の壁」という言葉を見て、私も共感できる部分があり、そういえばそろそろドイツに移住して丸5年経つんだなあ~と思い、少し頭を整理してみようかなという気持ちになって、ブログを開いてみました。
で開いてみると最後にブログを書いたのは去年の3月末、ちょうど一年前ですね。あの頃はバイト(パートタイム)を初めて2か月目で、慣れるのに必死だった時です。そしてその後バイトのリズムに慣れるのに精一杯になってて考えたり、書いたりする時間もなかった。結局バイトは去年末に辞めたのですが、またこれも後で書こうかな~と思います。
それで、5年目の壁…なんとなく共感できるけど、その正体がわからない。それについて考えてみました。
そして自分なりのざっくりとした結論は…「次のステージに移った」ということかなと思います。移住して3年目位までは、まずは生活に慣れるのに必死。語学に必死。どこ行くにも必死。目の前に次から次へと現れる課題をこなしていくのに必死…であり、刺激があり…ある意味短期的な目標もあり、楽しくもあるのです。
私の場合は海外移住の大変さに加えて、コロナ、家族の病気でドイツと日本を行ったり来たりで目の回るような忙しさ…であっという間に4年。そしてそのドタバタが少し落ち着き始めて、自分のことに取り組みたくてバイトを始めたり…であっという間のほぼ丸5年でした。
「移住」というのは不思議なもので、住む場所を変えるという大きな刺激がある反面、違う場所で「生活」をするわけですからある程度、ルーティーンを構築していくわけです。違う文化圏の中で、自分にとって最適なルーティーンを構築していく。その文化圏、生活圏において最適な暮らし方というものがあって、簡単に言えば、東京の生活と北ドイツの生活の最適解というのは違う。それは「旅行」とも違うし期間限定の「駐在」や「留学」ともまた違う感覚なんだろうと思います。期間が決まっていれば、そのうちにできること、めいっぱいやっておこう!というようなプロジェクト型の感覚に近くなるのかなと…。
(これは海外じゃなくても、東京から地方に移住したりするのも同じかもしれないですね。その場合、言葉や食べ物は比較的適応しやすそうですけど…)
「移住」の場合は、その新しいルーティーンに適応していく挑戦と、この環境の中ではこの選択しかできないという不自由が明確になっていくことが同時並行で進んでいくんです。それはとても難しい対応です。自分の先入観を開放して、様々な状況に対応できるようにしておく。つまりOKのを範囲を広げていく。そうすると、逆に、もともと自分がどういう風に暮らしたかったのか、というところがわからなくなってきます。その間でもやもやと葛藤し、結局ドイツに暮らしている以上はこちらでのリズムに沿って行くしかないのですが…
それで、新しいルーティーンに慣れてくると次に襲ってくるのは…「つまらない」という感情です。もともとすごく苦労してドイツに移住しているのに、ひとつのアクションするのにもこんなに苦労してるのに。それにある程度慣れてしまうと、退屈で「ナンニモナイ」状態になります。目の前の課題をクリアするのに必死すぎて、難なくクリアできるようになったら、あら、それで?という感じですかね。
そして、この環境の中ではこれしかできない、という選択肢が狭まった不自由感…例えば東京だったらこうなのにな…と考えたり、不自由なことに集中してしまったりすると、前に出来てたことが何にもできない…という感じがしてしまいます。…本当は自分が知らないだけで、この土地の暮らしの楽しみ方、があるはずなんですけど、アンテナを張らないと自然にはやってこないので。逆に言えば東京に住んでいた時には、自分の気持ちが落ち込んだ時には何をすれば元気になるか知っていた。どこへ行けば楽しい気持ちになるかわかってた。それがゴソッとなくなった感じですかね。
「つまらない」と感じる理由は、人間関係にもあると思います。バイトも経験して、色々な人と知り合いましたが、やはり外国語を使って本当に心を許し合える間柄になるのはなかなか難しい。話すのに苦労しているくらいだから。で、現時点までで、大体算段が付いてしまいます。ドイツ人との人間関係を作るのは難しそうだなと。いやできたとしても、だいぶ時間がかかるだろうな…と見えてくる。
バイトはもともと、お金を稼ぐためというよりは、ドイツの社会経験をすること、人間関係を知ることも目的。そしてできればお友達もできたらいいな…だったのですが…うん。自分の言葉のレベルも思い知ったし、やはりネイティブの人の会話スピードとの壁。疎外感も感じながら我慢しながら働いていました。だから結局働いても孤独感、疎外感を感じてしまうわけです。もちろん同僚の人たちはいい人達だったから、私のことを助けてくれていたのはわかるので、感謝しています。そうではなくてこれは自分自身の気持ちの問題。
じゃあドイツ在住の日本人の人と仲良くなればいいんじゃない?と思うわけですが。外国に住んでいる日本人の共通点といえば「日本人であること」のみ。たまたま趣味が合えばラッキーですが、そのラッキーが訪れる確率の母数がものすごく少ない。つまりそれぞれの人がドイツ…または外国にいる理由は様々だし、海外生活で疲れていたりして、会えたとしてもついつい愚痴っぽくなりがちなのも事実です。それはホッとする反面、エスカレートするとあんまり良くないなぁと思ったり。
そうなると、誰と話せばいいの?家族も、友達も、同僚も、先輩も、後輩も…みんな日本にいる。日本にいて、会いたい時に会えるわけじゃない。何か感じたことがあっても話せない、共有できない、お茶もできない、買い物もできない…。逆に話せたとしてもドイツでの生活を日本の家族や友達に話しても、あんまり伝わってないだろうなと思ってしまうのもあります。実際に見たりしないと、言葉だけでは限界がある。そしてついつい相手の話だけを聞いてしまう。
もちろん。私は旦那さんと結婚するために移住したわけで、旦那さんと時間を過ごすことが一番大切なことだし、幸いなことにすごく素敵な人なので、一緒にいる時間はとても楽しいです。でももちろん、彼には彼の仕事があり人間関係があり趣味があり、24時間一緒に居られるわけじゃない。
それでなんとなく、ポツンと一人、世界から取り残されたような気持になるのが辛いのです。
で、いろいろ経験して、「まだまだ」「頑張らねば」「楽しめない」ことが見えてくる。でももう5年間も頑張ってきて…。そう、ある地点まで来て次の課題が見えてくる感じですよね。また「更にがんばる」と思うとちょっと…ぐったり。するわけです。自分の年齢もあると思います。今年で40。私が仮に25才だったら。いや35でもいいや。この先の5年もバリバリ頑張って、グングン成長できるんだと思います笑 でもなんとなく身体的にも精神的にも無理できないな~というお年頃( ´艸`)
だらだらと長くなっちゃいましたが。ここまでは環境適応に必死だった5年間。これからは今後5年位のスパンで、「どうしたらここで、自分が楽しく暮らせるか」を考えて行こうと思います。
そして環境や人間関係に左右されない芯のある自分自身でいられるように自分を見つめ直す…
その第一段として、Lübeckの図書館カードをゲット!これでLübeckへ行く口実を増やそう…。そしてLübeckの絵画コースも予約してみました。前からずっとやりたかったお絵かき。でもなかなか後回しになってやらないんですね~。何かきっかけを作らないと…
一旦、「がんばる」のをやめて、自分が楽しいことをやりたいと思います。それが結果的に自分の持久力につながると思うんです。
