Blue Bird の旅

北ドイツでの生活

ドイツ移住・もうすぐ丸6年!

去年から間が空いてしまいましたが、またちょっとずつブログを書いてみようと思います。とはいえ、ほとんど読まれていないのですが…これまでは半分日記のような形で書いてきたので、読まれたいような、読まれたくないような…。これからはせっかくドイツに住んでいるので、ドイツ在住ならではの観光情報やお役立ち情報、自分の興味の分野の内容を充実させていきたいと思います。

ドイツに住んでいると、もちろん日本語を話す機会が少なく、感じたこと、考えたことをアウトプットしたい!というのが蓄積してしまうのですね。インスタでも写真と共に投稿していますがどうしても文章が長くなるので、そういうものはブログの方が良いのかな~と。またマイペースに書いていきます。

私の現在地。2020年に移住してきてその間、コロナもあり、日本とドイツをいったり来たりの期間もありましたが、最近ではドイツに居る時間の方が長くなってきたので、「ドイツ在住」感が出てきました。笑 今年の夏で移住丸6年になります。

移住当初のドタバタ・キラキラ・テンパり期を抜けて、気持ち・生活共に落ち着いてはいるのですが、この先どうしようかな…と考えているのが私の現在地です。

まずドイツ語、移住前から勉強してB2まで合格し、自分の語学力に自信が持てるようになってきた半面…頭打ち感というのでしょうか。どんなに頑張っても、この難しい言語を「自分の言葉」として扱える日は来ないのではないか…という気がしてきます。読める、聞ける、話せる、が増える分、ふとした瞬間にぶつかる壁の数も多くなる。その壁の種類はまた違うのですが、登山と一緒で、麓からは全く見えなかったけれど、自分が少し高い所に登って初めて次の到達点…頂点が見えてくるというような。もはや、言語学習に頂点というものがあるのか、この登山は永遠に終わらないのではという気がしてきます。そんなことを考えていると、気持ちがくじけてくるのですが…まあどこまで行けるかは行ってみないとわからないので、そろそろC1の勉強をスタートしようかなと思います。B2に合格してもやはり日常会話で理解できないことも多いので、それはC1に進んでも同じなのかなと。その分、日常会話については絶対的に場数というか、人の輪の中に入って話す経験が増えれば増えるほど、重要な表現が理解できてきたりします。

もう一つの視点は、自分の日本人としてのアイデンティティについてです。前回のコペンハーゲン旅でも書きましたが、自分が「日本人」であることをハッキリと意識するようになりした。日本にいる時は、もちろん日本文化の中にいるわけですから、「なんとなく」理解していても、ぼやあ~としていてほとんどが無意識に理解してることが多いと思います。日本の中で、私はマジョリティであり、ネイティブであり、外国人は外国人。それが、自分が外国のまったく違う環境にいると、まずは無意識レベルの違和感に苦しみ、次に自己認識と客観的に認識される自分のイメージに苦しむ、という段階を経ました。私はドイツの中では圧倒的に「外国人」なのです。

まずは、無意識レベルというと、食べ物、気候、光、匂い、街、人々の雰囲気など言語化できないような違いを感じる。そして現地の人々と交流すると、自分のアピアランスであったり「日本」というアイコンによって、自分そのものの性格よりも、アジア的な見た目や「日本人」というイメージが先行となることに違和感を感じる。これについては、自分自身も「ドイツ人に対するイメージ」と大きな枠での解釈を持っていることも確かです。ただそれが個人と対峙したときに常に顔を出し…更に自分がマイノリティである環境…ということに居心地の悪さを感じたりします。

その段階を経て、今は「じゃあ日本、日本と言われるけど、いったい日本人って、日本文化ってなんなんだろう?」と考えている段階です。自己認識として自分が「日本人」であるという意識が高くなった。じゃあそもそも、世界で考えられている「日本」とはなんなのだろう、素晴らしい部分、課題のある部分はどこだろうと、個人の感覚を超越してとても客観的に興味を持ち始めています。そうして学ぶことで、最終的には自分の中に日本人としての誇りを改めて持つこと。それが、まったくルーツのない場所に飛び込んだ自分のアイデンティティクライシスを避ける上でとても重要なのではないかと考えています。

ただ、次に出てくる課題もあります。その自分の変えられないアイデンティティである日本文化と、自分個人の精神性がどの程度マッチしているのか。共感できる部分、できない部分もあります。なので自分の精神とマッチするようなテーマ、例えば芸術、建築、庭、インテリアなど…そういうテーマに絞って複数の対象間で比較してみてもいいのかなと。漠然と「日本文化」というのはとても大きな言葉なのです。今年の2月からVHSにて日本語コースの講師にもチャレンジして、そのコースの準備をする中で、上に書いたような様々なことを感じ、だんだんとハッキリしてきた部分があります。今後更に日本文化や日本語に対する知見を深めて、そのあたりを追求していきたいと思っています。

ただ……これまでドイツの環境に慣れるためにドイツ語、ドイツ文化…とやってきたのに今度は故郷を振り返って、日本語、日本文化…とやることに抵抗感というか…ちょっとぐったり感もあったりして。笑 なにせテーマが大きいので…。でもイメージ的にはドイツの側にも日本の側にも意識を巡らせて、自分の認識できる範囲がどんどん広がっていくという感じですかね。そんな風に楽しめるようになったらいいな~と思っています。

今後は日本文化や日本語教育などについてもこのブログにかけたらいいな~と思います。それではまた長くなりましたが、この辺で。

8年越しのコペンハーゲン旅

コペンハーゲンに行って来ました。前回の文章は行く前に書いたので、予定…となってましたが、結局3泊4日で行って来ました。8年越しのコペンハーゲンについては街の様子など色々な印象を感じたのですが、細かいことはインスタにでも載せようかな。

今回コペンハーゲンに行って1番大きく感じたことは……なんと「日本」についてでした。

まずはデンマークデザインミュージアムへ。そこで、8年前、2017年には「Learn from Japan」という企画展示がやっていたことを思い出しました。8年前の興奮した私は「日本てすごい!」位にしか思わなかった気がする…。今は企画展は変わっていましたが、アーカイブとして当時のポスターなども販売されていました。そしてさらにミュージアムを進んでいくと常設展に辿り着き、そこではアルネ・ヤコブセンなど北欧を代表するデザイナーとその家具が展示されており、多分ここも8年前からリニューアルされたかなと。

そこに辿り着く途中の展示に、デザインを構成する要素、マテリアルであるとかスタイルなどの展示がある中に「日本 -Japan-」というカテゴリがあるのを見て、ガーンとショックをうけた。私は北欧デザインを知りに来たのに、ここでも「日本」に出会った!日本に追いかけられている気がしました。

それからしばらくそのコーナーにとどまり、展示をよく眺め、よく考えてみて、これはすごいことだなあと実感しました。……もちろん異文化への憧れは起こりやすいもの。例えば欧米にとっての“未知”で“異なる”文化圏のひとつであるアジアへ興味が湧くのは理解できるけど、そのアジアの一国のあの小さな「日本」がデザインを考える上でのひとつのエレメント・カテゴリになっている、ということはすごいことなんじゃないか。つまり客観的に見ても、日本は固有で独特の価値を持っている国なのだ…と。

こんなに遠くにきてまた日本に出会うとは。私はすごい文化を持った国に生まれたんだなぁ…自分がすごいという訳ではなく、たまたまそこに生まれただけだけど、自国の持ってる文化の力に畏敬の念を感じました。

もう一つの出会いは、色々とインテリアショップや本屋を物色しているときにであった「ジャパンディ」という言葉。「ジャパンディ」…?という聞いたこともない言葉で初めはデザインミュージアムのショップで本を見つけたがあまりピンとこなかったのですが、その後、別の本屋のインテリアコーナーをぶらぶらしていたらまた「ジャパンディ」という本が目に入り、ついに手に取ってみました。よく見るとジャパンディ関連の本がたくさんあるじゃないか!

「ジャパンディ」とは簡単にいうとスカンジナビアデザインとジャパニーズデザインの融合したスタイル、ということ(スカンディナビア+ジャパン)。ここでもガーンとショック。ショックというか、衝撃を受けました。日本で北欧デザインは人気だし、憧れがあって、北欧デザインを勉強したい!と思っていたけど(その気持ちは変わらないけど)、北欧側から見て、「日本のデザイン」というものが魅力的に映り、融合したスタイルをすでに取り入れているのだと…。

調べてみると言葉自体は2017年位から存在しているようです。日本では近年認識されて来たのかな。ここ数年自分自身のドイツへの移住だなんだりで、インテリア関連情報にアンテナを張れてなかったので、知らなかったショックもありました。片思いだと思っていたら実は両思いだったみたいな感覚。笑 そういえば、確かに日本人ってなんで北欧デザインが好きのかなと思うと、根底の部分にミニマリズムなど共通の部分があるから、好きなのかなと…この辺はこれから深く勉強したいところです。

 

今回、デザインミュージアムからのホップ・ステップ・ジャンプで、明確にわかったことは「日本の文化の価値」。これまでは日本にいて、外国の文化、特に北欧の文化や欧米の文化に期待や憧れがあったけれど、逆に日本の外側にいると日本の文化の素晴らしさをより強く感じるようになるという逆転が起こりました。外国で暮らすまで、自国の文化に対する客観性が培われてなかったのです。

ドイツに住んでいることで、自分のアイデンティティについての意識が変わりました。ここでは私は、周りから見て外国人。ドイツの文化を理解しようとしつつも(ここまでは)インテグレイトされることはなく、やっぱり私は日本人なんだ、という意識がどんどん強くなってきます。

そこで「じゃあ日本とはどんな国なのか?素晴らしいところはなんですか?」と問われると、これまで日本の中にいて“なんとなく” “無意識に”理解していた日本の文化などを客観性を持って言葉にするには日本のことを知らなさすぎる!という事実にも直面します。なんなら、日本に興味のある外国人の方が、日本を語れるんじゃないかと。

まとめると、外国で「外国人」として何ができるのかと考えると、自分の無視できないアイデンティティへの意識が浮かび上がって来て、ならば、やはり自国の、日本の文化を深く知り、魅力を伝えていくことに意義を感じるんだけれど、そこから考え始めると自国の文化について「知る」の量が圧倒的に足りなさすぎる。日本で生きていた36年間では足りない…なぜなら意識していなかったから。無意識に自分の中に培われている日本らしさというものはたくさんあって、それが外国で暮らすことによって意識に上がってくる、例えば、食べもの、お風呂の習慣、季節感など。でもそれは感覚的に感じるもので形にして伝えにくい。

つまり、ここに来て「意識的に日本の文化を知る」ということを、始めなければならない。…というかそれこそが今やりたいことなんじゃないかと。40代になってから…まだ学ぶのには遅くない…のかな、それがこれから先、価値があることなんではないか?と、デンマークに行って気づいたのです。

でもそう思うとワクワクする反面、気が重くなります。「日本の文化」…ひとことで言えば簡単…ですが、すごく大きい言葉で、多様で、何層にも分かれていて、とてつもなく大きなテーマなのです。

例えば、日本に興味がある人はアニメというキーワードに惹かれていたり、食べ物に惹かれていたり、〇〇道というスピリットに惹かれていたり、日本語に惹かれていたり、興味の矛先は果てしない。さらに、ドイツや欧米で見る「キャッチーな日本」、欧米の人に受け入れられやすいように単純化されてブレイクダウンされた日本にも嫌悪感、とくに日本人ではないその他のアジア人、または日本好きな欧米人によって「日本らしく」されてビジネス化されたものにも気持ち悪さを感じてしまうのです。

ならば「日本人」として「日本とは何か」を語るには?

そのためには私自身が、新しいジャーニーをスタートさせなければならないと思っています。ドイツや欧米のことを知ることに必死だった何年か。そしてこれからはその中で生きる日本人として何ができるのかを考えたい、という新しい課題が見えて来ました。特に自分の好きな分野であるインテリアとかガーデンなどの視点にフォーカスできたりしたら面白いかな。

思わぬ所で明確になった、自分の意識…そういった体験をできることが、旅をすることの良い点なのかと個人的には思います。今回のコペンハーゲンへの旅ではそんな大きな収穫がありました。

北へ

近頃色々と一区切りがついて、北ドイツはグッと寒くなってきたのもあるのか、お年頃もあるのか、お疲れ気味なので、週末にひとりでコペンハーゲンに小旅行することにしました。

 

何かモヤモヤとしたものがある時、北へ行きたくなるのは私だけ?(笑) 南に行くより何故か意識が北へいってしまう。まあ、今の季節だからというのもあるのかな。

 

前回コペンハーゲンに行ったのは8年前、2017年でした。あの時は自分の人生が変わっていく時でありつつも、精神的にはドン詰まった時でした。色々とモゴモゴと考えてるのが嫌になって、一旦全ての問題を脇に置いて私は一人旅にでる!とピョーンと飛び出した時でした。

結局、コペンハーゲン空港には今の夫が待っていたので、一人旅と言えるのか?とも思いましたが、1日だけ一緒に過ごして夫はドイツへ帰って行ったので、そのあとは1人で大冒険でした。

 

ドイツに移住することになった時に、北ドイツは北欧に近いので、またふらりとコペンハーゲンに旅行に出られたらいいな〜なんて思っていたのですが…なかなか日常から抜け出してひとりで出かけるのタイミングが難しくて、結局5年越しの実現になりました。…まだ予定ですが。

もう今回は、少しこの地域に慣れてきたのもあるし、とにかくやりたいことだけやる…デザイン関連ミュージアムと買い物と…前回は頑張って電車に乗ったりもしたんですが、なんか電車への不信感がドイツ生活で培われてしまったのもあり(笑)今回はお気楽に市内散策だけしようかな〜。

 

前回はルイジアナ美術館や、有名なアルネ・ヤコブセンが景観デザインしたベルビュービーチまで行ったんです。もともとそれを見たくて行ったので、海辺に立った時は、かなり遠くに来た、あの写真で見た場所に自分の力で来た!と感動しました。

海岸には誰も居なくて…今考えればそりゃ9月の朝のバルト海なんて誰も居ないのですが、誰も居ない海岸で自分の心の重荷を下ろして来ました。それからずっと、静かなバルト海が好きです。

今回はあまり計画せず、気が向いたら行こうかな。

ではまた、書きたくなったら書きます。

 

秋のムード

前回の日記は、何を言いたいのだかよくわからない、ダラダラとした文章を書いてしまいました。自分でも頭がモヤモヤすると書いていたくらいだから、そのモヤモヤをそのまま書き出した感じでしょう。消そうかなと思いましたがそのままのモヤモヤを残しておこうかなと思います。

要するにこれまでは適応するのに必死で何もかも刺激的だったけれど、慣れてくるとドイツでも「普通の生活」があるわけで、いつでもドラマがあるような生活ではないということです。

毎日を面白くしたいならそこからまた一歩踏み込んで楽しみを見つけるアクションが必要だと感じたということを書きたかったんだと思います。

でもまたその一歩の腰が重い 笑 先日作った図書館カードですがあれから一回も行ってない 笑 やっぱりバスに乗るのがちょっと面倒くさくなってしまうんですね〜。

でもリューベックは魅力のある街なので面倒くさがってないでせっかくだから色々と探索してみたいと思ってます。

 

なんとなく近頃すとんと腑に落ちたのが、なんだかわからないけど、私はここに来る運命だったんだ、と考えると、自分の中のモヤモヤが消えてく感じがします。

いつも、日本にいた時の生活と比較して、日本だったら…こうできたのにああできたのに…もっとできることがあるのに…と考え始めると、答えの出ないサイクルから抜け出せなくなってしまう。

ここにいる「意味」は不明だけど、「運命」だったのだ、始めからそう決まっていた。何か自分を超えた大きな意志によって。と考えると受け容れようと思います。今はわからないけど、いつかわかる時がくるのかなぁ…と。

 

さて北ドイツでは夏が通り過ぎ、すっかり秋のムードです。今年はいつもより冷えてくるのが早いかな…という感じがします。

もちろん秋が始まると長い暗い冬を考えて、あーまたこの季節が…とも思うのですが、このドイツの秋の始まりのスーッと空気が澄んでくる感じも頭がハッキリしてくるような感じがあり好きです。

外にあまり出なくなる反面、読書をしたり手芸をしたり、インドア活動には集中しやすくなる時期かなと。今年もまたアドベントカレンダープロジェクトに参加させてもらうので、そろそろアイデアを考えなければ…。

ではまた日記を時々書きたいと思います。

ドイツ移住5年目、5回目の春を前に

最近なんだか頭がすっきりしない日々が続いていました。なんとなく読んだ他の方の投稿で、「ドイツ移住5年目の壁」という言葉を見て、私も共感できる部分があり、そういえばそろそろドイツに移住して丸5年経つんだなあ~と思い、少し頭を整理してみようかなという気持ちになって、ブログを開いてみました。

で開いてみると最後にブログを書いたのは去年の3月末、ちょうど一年前ですね。あの頃はバイト(パートタイム)を初めて2か月目で、慣れるのに必死だった時です。そしてその後バイトのリズムに慣れるのに精一杯になってて考えたり、書いたりする時間もなかった。結局バイトは去年末に辞めたのですが、またこれも後で書こうかな~と思います。

それで、5年目の壁…なんとなく共感できるけど、その正体がわからない。それについて考えてみました。

そして自分なりのざっくりとした結論は…「次のステージに移った」ということかなと思います。移住して3年目位までは、まずは生活に慣れるのに必死。語学に必死。どこ行くにも必死。目の前に次から次へと現れる課題をこなしていくのに必死…であり、刺激があり…ある意味短期的な目標もあり、楽しくもあるのです。

私の場合は海外移住の大変さに加えて、コロナ、家族の病気でドイツと日本を行ったり来たりで目の回るような忙しさ…であっという間に4年。そしてそのドタバタが少し落ち着き始めて、自分のことに取り組みたくてバイトを始めたり…であっという間のほぼ丸5年でした。

「移住」というのは不思議なもので、住む場所を変えるという大きな刺激がある反面、違う場所で「生活」をするわけですからある程度、ルーティーンを構築していくわけです。違う文化圏の中で、自分にとって最適なルーティーンを構築していく。その文化圏、生活圏において最適な暮らし方というものがあって、簡単に言えば、東京の生活と北ドイツの生活の最適解というのは違う。それは「旅行」とも違うし期間限定の「駐在」や「留学」ともまた違う感覚なんだろうと思います。期間が決まっていれば、そのうちにできること、めいっぱいやっておこう!というようなプロジェクト型の感覚に近くなるのかなと…。

(これは海外じゃなくても、東京から地方に移住したりするのも同じかもしれないですね。その場合、言葉や食べ物は比較的適応しやすそうですけど…)

「移住」の場合は、その新しいルーティーンに適応していく挑戦と、この環境の中ではこの選択しかできないという不自由が明確になっていくことが同時並行で進んでいくんです。それはとても難しい対応です。自分の先入観を開放して、様々な状況に対応できるようにしておく。つまりOKのを範囲を広げていく。そうすると、逆に、もともと自分がどういう風に暮らしたかったのか、というところがわからなくなってきます。その間でもやもやと葛藤し、結局ドイツに暮らしている以上はこちらでのリズムに沿って行くしかないのですが…

それで、新しいルーティーンに慣れてくると次に襲ってくるのは…「つまらない」という感情です。もともとすごく苦労してドイツに移住しているのに、ひとつのアクションするのにもこんなに苦労してるのに。それにある程度慣れてしまうと、退屈で「ナンニモナイ」状態になります。目の前の課題をクリアするのに必死すぎて、難なくクリアできるようになったら、あら、それで?という感じですかね。

そして、この環境の中ではこれしかできない、という選択肢が狭まった不自由感…例えば東京だったらこうなのにな…と考えたり、不自由なことに集中してしまったりすると、前に出来てたことが何にもできない…という感じがしてしまいます。…本当は自分が知らないだけで、この土地の暮らしの楽しみ方、があるはずなんですけど、アンテナを張らないと自然にはやってこないので。逆に言えば東京に住んでいた時には、自分の気持ちが落ち込んだ時には何をすれば元気になるか知っていた。どこへ行けば楽しい気持ちになるかわかってた。それがゴソッとなくなった感じですかね。

「つまらない」と感じる理由は、人間関係にもあると思います。バイトも経験して、色々な人と知り合いましたが、やはり外国語を使って本当に心を許し合える間柄になるのはなかなか難しい。話すのに苦労しているくらいだから。で、現時点までで、大体算段が付いてしまいます。ドイツ人との人間関係を作るのは難しそうだなと。いやできたとしても、だいぶ時間がかかるだろうな…と見えてくる。

バイトはもともと、お金を稼ぐためというよりは、ドイツの社会経験をすること、人間関係を知ることも目的。そしてできればお友達もできたらいいな…だったのですが…うん。自分の言葉のレベルも思い知ったし、やはりネイティブの人の会話スピードとの壁。疎外感も感じながら我慢しながら働いていました。だから結局働いても孤独感、疎外感を感じてしまうわけです。もちろん同僚の人たちはいい人達だったから、私のことを助けてくれていたのはわかるので、感謝しています。そうではなくてこれは自分自身の気持ちの問題。

じゃあドイツ在住の日本人の人と仲良くなればいいんじゃない?と思うわけですが。外国に住んでいる日本人の共通点といえば「日本人であること」のみ。たまたま趣味が合えばラッキーですが、そのラッキーが訪れる確率の母数がものすごく少ない。つまりそれぞれの人がドイツ…または外国にいる理由は様々だし、海外生活で疲れていたりして、会えたとしてもついつい愚痴っぽくなりがちなのも事実です。それはホッとする反面、エスカレートするとあんまり良くないなぁと思ったり。

そうなると、誰と話せばいいの?家族も、友達も、同僚も、先輩も、後輩も…みんな日本にいる。日本にいて、会いたい時に会えるわけじゃない。何か感じたことがあっても話せない、共有できない、お茶もできない、買い物もできない…。逆に話せたとしてもドイツでの生活を日本の家族や友達に話しても、あんまり伝わってないだろうなと思ってしまうのもあります。実際に見たりしないと、言葉だけでは限界がある。そしてついつい相手の話だけを聞いてしまう。

もちろん。私は旦那さんと結婚するために移住したわけで、旦那さんと時間を過ごすことが一番大切なことだし、幸いなことにすごく素敵な人なので、一緒にいる時間はとても楽しいです。でももちろん、彼には彼の仕事があり人間関係があり趣味があり、24時間一緒に居られるわけじゃない。

それでなんとなく、ポツンと一人、世界から取り残されたような気持になるのが辛いのです。

 

で、いろいろ経験して、「まだまだ」「頑張らねば」「楽しめない」ことが見えてくる。でももう5年間も頑張ってきて…。そう、ある地点まで来て次の課題が見えてくる感じですよね。また「更にがんばる」と思うとちょっと…ぐったり。するわけです。自分の年齢もあると思います。今年で40。私が仮に25才だったら。いや35でもいいや。この先の5年もバリバリ頑張って、グングン成長できるんだと思います笑 でもなんとなく身体的にも精神的にも無理できないな~というお年頃( ´艸`)

だらだらと長くなっちゃいましたが。ここまでは環境適応に必死だった5年間。これからは今後5年位のスパンで、「どうしたらここで、自分が楽しく暮らせるか」を考えて行こうと思います。

そして環境や人間関係に左右されない芯のある自分自身でいられるように自分を見つめ直す…

その第一段として、Lübeckの図書館カードをゲット!これでLübeckへ行く口実を増やそう…。そしてLübeckの絵画コースも予約してみました。前からずっとやりたかったお絵かき。でもなかなか後回しになってやらないんですね~。何かきっかけを作らないと…

一旦、「がんばる」のをやめて、自分が楽しいことをやりたいと思います。それが結果的に自分の持久力につながると思うんです。

 

ドイツ語奮闘記

インスタのストーリーズでちょこちょことドイツ語について思ってることを書きたくなって何度かアップしたんですが、ひたすら長くなって書いては消し、書いては消し、で思っていることを書き切れないので、こちらで書いてみます。

 

パートを始めて2ヶ月ほど、自分のドイツ語のレベルについて色々感じることがありました。

 

今は勉強レベルはB2で、ゲーテインスティテュートのオンラインコースが3パートに分かれていてそのうちのB2.3を勉強してます。

B1は一昨年の夏にギリギリの点数でしたが何とか受かりました。B1は永住権(というか更新不要の滞在ビザ)取得に必要だったり、働く場合の最低限のレベルなので、移住してからはひとまずB1を目標に勉強してました。

 

B1を取得して、ホッとした所で、この先の勉強どうしようかな、と一度悩みました。このままB2へと行って、どんどん知識だけ増えていっても、実践の場がないなと。つまりペーパードライバーみたいになってしまうかなと。

かと言って、ここで勉強をやめれば、これ以上の複雑な文法や表現、語彙などは積極的には頭に入って来なくなってくる。

B2は講師の方に聞くと、大学で勉強する人などが必要なレベルとのこと。今後、ドイツで大学に行く予定はないけど、一応日本では大学卒業してる訳だから、その学力レベルに見合う、つまりそのレベルの内容を理解したり、表現できたり出来るレベルまでは最低限、勉強したい!…

でもやっぱり勉強してるだけでも良くないと思ったので、去年の秋に仕事に応募してみる事にしました。一件目インテリア関係に応募したら不採用。2件目は自分の良く知ってるBioスーパーに応募したら、なんとスルーっと受かった。応募フォームはB1でもLebenslauf 履歴書などの書き方もあったので、それと旦那さん指導でなんとか。スーパーで働いたことは無かったので多少の不安もありましたが、ここでインスピレーションに従って動く私が出てきて、ま、やってみよと。

 

そして今年の2月から働き始めたのですが、やっぱり自分の思っていた通りだった。B1の資格はあるものの、話すのも、聴くのも、グダグダ😅本当に私B1受かってんのかね、と自分で聞きたくなる位。たまにレッスンで習った典型的な言い回しが同僚から出てきたりして、それを耳で拾って喜んだりしてますが、あとは指示を聴くのも簡単なことを言うのも必死。で、痛感。やっぱり「会話」というのは全く別の訓練が必要で、反射神経を使うスポーツみたいなもの。

頭の中で「えーと、えーと💬🤔」と考えている暇もなく次から次へと新しい状況が訪れる…。

なので今は「比較的単純な単語を自分のものにしてその状況に応じて変化活用させて自信持ってテンポ良く答える」と言うのが仕事における最重要課題です。このまま働いていればだんだん身につくものなのか、やっぱり特別訓練が必要だったら、会話に特化したコースとか受けてみようかな〜と思います。

 

でその厳しい現実に直面したのと同時期に、B2の3を始めたので、コースのレベルもさらにグンとアップ。これまで読解だけで、適合する内容を選択する…とかだったものがZusammemfassung要約せよ!となってきた。しかも本文のコピペじゃなくて自分で文章作りなさいとのこと。おぉ〜。内容もGefühl und Sinn 感覚と神経でSynästhesie 共感覚とは何かの解説文の要約!といったようなもの。(共感覚は複数の感覚が連動し、音を聴くと色や形などが見える、そういう五感を持っている人がいる)家ではその課題に取り組んでいる最中に、

仕事では同僚の簡単な指示「いずみ、冷蔵庫の〇〇を一度〇〇して〇〇しておいて!もうやった?」と言うような〇〇の部分がわからずに適当に返事をして作業してたら間違えてた。そして「それじゃ時間がすごくかかるじゃないの、〇〇だから〇〇でこうするのよ」「でも仕方がないわ、今は人も足りないし、あなたは言葉がまだわからないから、ゆっくりわかればいいわよ」というような親切なことを言ってくれたんだけど、でもその後自分的には撃沈…あー!こんな簡単なこともわからないなんて!

しかも家ではこんなに難しいことを勉強していて、辞書を使えばゆっくりだけど理解できるのに!このギャップが辛い!とひと通り落ち込んだ後。

 

…でも結局それを「表現」できなければ、相手にとっては「理解してない」とみなされるし、私の知識がどの位あるかなんて、伝わらないんだな…と痛感しました。

なので、言語レベルに合わせて、相手の目に映る「私という人間」の人格も違って見えるだろうなぁと。今は元気いっぱいの早口の親切な同僚たちに高校生のように接せられ、可愛がられている感はある。

けど今年四十路の私は高校生みたいでいいんか!と思うけど、こんな赤っ恥も含め人生巻き戻って生きてるみたいで、それはそれでなかなかない経験かな…と思っています。多分言語レベルでいうと私はドイツでは高校生…か中学生…?も怪しいくらいなのではないかな…

もちろん、仕事選びで、日本人である事を活かせる仕事とか、これまでの経験を活かせる仕事とか、語学レベルに関わらず働ける選択肢も色々とあると思います。将来は、ドイツ人に日本語を教えたりしてみたい。

でも今の私は、ポーンと飛び込んでみて実感したこのグダグダドイツ語を、どげんかせんといかんと、また新しい課題を見つけて奮闘している所です。

なので、B2合格と、ネイティブとの会話を成立させるという目標の2本立てで、今後も頑張って行こうと思います。

果たして、2本立て、両立出来るのか…

 

今後もドイツ語の勉強で感じたことや面白かった事など発信していきたいと思います🎶

白アスパラガスと小岩のおばあちゃん

ドイツに来てから、ドイツでは白アスパラガスが人気だと知って、白アスパラガスを見る機会が増えて、これまでに2回、食べました。

白アスパラガスをみると、なんか不思議な感情が湧き上がってくるな〜何でだろうなと思っていたんだけど、謎が解けました。おばあちゃんの思い出です。

 

私が子供の頃、お正月には毎年小岩のおばあちゃんの家に行って、お正月のお祝いをしました。

おばあちゃんの家に行くと始まるのがおばあちゃんのお喋り。四角い炬燵を囲んで、色々な食べ物を食べながら、昼から夜まで喋り通し。だんだん時間が経ってくるとそこはおばあちゃんのオンステージ。高齢なのもあって、決まったいくつかのお気に入りのエピソードを繰り返し繰り返し話します。

戦争のこと、関東大震災のこと、父の子供の頃の話、姉の子供の頃の話。おばあちゃんは身振りや手振りを入れて、テンポ良く話すので、まるで落語のようで、話を聞いていると目の前にイメージが映像で見えてくるような、そういう話し方でした。

そのおばあちゃんのお気に入りエピソードの中のひとつに、「いずみと白アスパラガスの話」と言うのがあって、何回も何回も聴きました。

それはこうです。私が赤ちゃんの頃、おばあちゃんが瓶詰めの白アスパラガスを1本取り出して、私に差し出した。それを握って、かじりついた私は、その食感や味が嫌だったのか、アスパラを「ん、ん」と言って返して来た、という話。

もちろん、私の記憶にはないんだけど、おばあちゃんの面白い身振り手振りと声色で話すので、それを追体験しているような気持ちになり、その時の白アスパラガスの味までしてくるような。それを子供の頃から何回も何回も聞いていたので、なんとなく「私は白アスパラガスが嫌いなんだ」と思っていて、食べる機会があっても積極的に食べなかった気がします。もちろん、日本では食べる機会自体が少なかったのですが。

 

それから、数年前にドイツに来て、白アスパラガスが人気だと知ったのですが、「なんで、白アスパラガスがそんなに好きなんだろう?」と少し冷めたような気持ちでいました。多分潜在意識の中で、「白アスパラガスは美味しくない」と思っていたんだと思います。もちろん最近になるまで、そのおばあちゃんの白アスパラガスの話を思い出すことはなかったのですが、白アスパラガスを目にする機会が増えて、その話をなんとなく思い出すようになりました。

 

そしてこの間、初めて日本のドイツレストランで食べた、ドイツの白アスパラガス。身がしっかりとしていて、香りも強く、とっても美味しかった!なので、白アスパラガス、美味しいじゃん!と。自分の中にあった無意識の抵抗感が取れた気がしました。

なので、昨日、スーパーで売っている白アスパラガスを買ってもらって、自宅で茹でて食べたのですが、やっぱりアスパラガスにも色々ランクがあるらしく、レストランで食べた味を想像していた私は、柔らかくムニュッとした食感に、また、あのおばあちゃんの「いずみと白アスパラガスの話」を思い出してしまいました。ムニュっとしてて、繊維が多くて食べにくくて、味も薄い。これは“あの”アスパラガスだ!と。

そうしてまた、おばあちゃんの記憶が呼び起こされたのです。おばあちゃんが、私のことについて話すのは、そのエピソードだけだった気がするので(他にも、左利きエピソードとかあったかな)、恥ずかしいような嬉しいような気持ちになって。

子供の頃、私は家族の中で1番小さかったので(末っ子)、炬燵を囲んで話している大人達の話をなんとなく聞きつつ、おばあちゃんがとっておいてくれたカレンダーの裏のペーパークラフトを黙々と完成させるのが私のやることでした。うまく作るとおばあちゃんが喜んで、ガラスの飾り棚に飾っておいてくれたので、それも嬉しくて。得意になって作っていました。良く考えたらそれが私の創作好きの原点だったのかなと思います。

 

今回、日本に帰って、レストランで白アスパラガスを食べた少しあと、その思い出のおばあちゃんの家が更地になったと叔父から聞きました。それで、寂しいような、あったかいような気持ちになり。

そして昨日、ムニュっとした白アスパラガスを食べた時に、おばあちゃんと家族とあのお家で過ごしたお正月と、白アスパラガスと紙工作と…。沢山の楽しかった思い出が蘇って来て、嬉しくなりました。

おばあちゃんは、いつもニコニコしていて、それだけでこちらが元気をもらうような人でした。だから、私は笑顔で居ると人を元気にできると思ったので、辛い時もなるべく笑顔でいようと思うようになり、そして私自身がそれに救われて来た事が沢山ありました。おばあちゃん、ありがとう。またお話、聞かせてね。